松本人志氏の性加害疑惑は決めつけであるという声は本当に正論なのか

ダウンタウン松本人志氏が性加害をしたという疑惑が週刊誌で報じられており、大きな話題となっている。事実だとすれば社会的に許容できるものではない。他方で、報道当初から、「被害者と称する人の一方的な証言で悪いことをしたと決めつけるなんて良くない」「週刊誌で報じられただけで真実であるかのように批判される」という声も、特にネット上で多いと感じられる。

このことに何だか違和感があり、すっきりしない気持ちがあるので、思う所を述べたい。

性加害があったという証言の信頼性

強要に近い状況だったと思わざるを得ない

報道に対し、松本氏は名誉棄損であるとして週刊文春側を提訴している。報道では、不同意性交あるいはわいせつ罪が成立するほどの脅迫であったり、不同意だと言いだせないほどの恐怖を与えたわけではなさそうだが、通常の飲み会であると誤信させ、断れない雰囲気を作り出したということのようだ。強要があったかどうかについては、録画や録音があるわけではなく、被害を受けたという証言の信頼性や前後の通信などから検討するしかない。

すると、本来は同意していたのに、時間が経ってから虚偽の証言で松本氏を陥れようとしている疑いもあるのだから信頼するわけにはいけないという言説も一見成り立つような気がする。

しかし、証言する女性の側から見ると、虚偽で性加害を公表することは、名誉棄損であるとして民事上の損害賠償を請求される恐れがあるし、刑法上の名誉棄損罪にあたるとして刑罰の対象となるリスクを負う。報道する週刊誌も、名誉棄損による損害賠償を請求されたり、まったくの嘘ばかりであれば読者からそっぽを向かれ信頼されなくなる可能性があるのだから、そんなに簡単にデタラメの恐れがある証言を採用しないだろう。

また、匿名であるとはいえ、長年人気コメディアンとして活躍しており、社会的地位の高い松本氏について性的な面を証言することで、本人の人格に対する攻撃や、性的プライバシーについてあれこれと憶測される危険がある。それなのにあえて虚偽の証言をする動機があるだろうか。

加えて、複数の女性が別々の機会に性加害があったと証言している。この人達が結託して、実際には存在しなかった性加害を証言しようと、週刊誌側から疑義を持たれないよう入念に口裏を合わせて、もし損害賠償を請求されたり刑事罰を受けるようなことがあっても覚悟しようと決意して週刊誌に証言することがあるだろうか。そのようなことは中々考えにくい、というのが一般的な受け止め方ではないだろうか。

時間がたってから、しかもなぜ週刊誌なのか

また、ずっと前のことをいまさら蒸し返すのはおかしいという声もある。しかし、性加害が重大な問題と認知されるようになったことや、ジャニーズ事務所での性加害が厳しく批判されている現状に、今なら告発できると考えるのもおかしなことではない。

また、裁判に訴えるのではなくて週刊誌に伝えるというのはおかしいのではないか、加害があったのなら正々堂々と司法の場で決着をつければよい、という人もいる。この点についても、社会的影響力のある人物に関し問題提起し、世間一般に広く知らしめたいと考えるのも自然なことである。

もちろん、週刊誌報道の論調はすべて公益目的とはいえず、ゴシップ的な興味を駆り立てて売上を上げようとしている、という面も否めない。だからといって信頼のおけない事実をホイホイ書き立てるとも思えないのである。

性加害はあったという見方が自然なのではないか

そのようなことから、細かい事実の誤りはあったとしても、大筋では正しい証言なのだろうと見ている。

週刊誌報道で決めつけるなという人が本当に言いたいこと

この事件だけで特に多くないだろうか

不祥事を起こした人に対して、週刊誌の報道をうのみにしているという批判は、まあありうるものだろう。しかし本件ではその声が特に多い。女性が加害者である報道では、あまりこのような声を聞いたことがない気がする。比較できるような良い例はあまり思い出せなかったのだが、例えば、自見英子万博担当大臣のパワハラ疑惑を報じる記事では、証拠もないのに犯人扱い、という声はほとんど聞かれないように思える。こちらも、私が知る限りでは被害者とされる元内閣府職員の男性の証言によるもので、大臣側は否定しており、録音などの物的証拠はないはずだ。

ミソジニー(女性蔑視)が呼び起こされている?

事実に反する中傷で人の名誉が傷つけられてはならないし、報道がこれに加担してはならない、というのは当然のことだ。だが、この事件についてこれだけ多くの「虚偽かもしれない」という声があるのは、本当に公正な報道を求めてのことだろうか。権力者と性的関係を結んで芸能界で売れようとした女性が、それが上手くいかずでっちあげで権力者を批判する、そういうイメージを作り出して「ほらみろやっぱり女は愚かだ」ということを言外に表現するため、報道の正しさを憂えるフリをしているだけではないかと思えてならない。

女性をもの扱いするような風潮は残念ながら芸能界ではよくあることだったのだろう。そうやって蔑視される性がいることで、関係のない男性も「自分は支配者側だ」と安心できる。今回、性加害が報道されたことで、そのような支配者としての地位が脅かされるように感じ、だけど、女性が反逆するなんて許せない、とは表だっていえないから、「証拠がない、週刊誌報道だけで勝手に悪者扱い」という理屈にすがっているのではなかろうか。

これが松本氏を信じている、どうか嘘であってほしい、という声ならまだ納得がいくのだが…

私が感じた気持ち悪さ

以上のように、ある程度性加害が真実らしく思われる、という状況があるのに、週刊誌報道はうのみにできない、という指摘が多く見られるのは、報道の公正さを守るためではなく、性加害報道によって脅かされる男性の地位を守るため、ミソジニーとして行われているのではないか、と考えている。

正直なところ十分論理的に説明できてはいないとは思うのだが、週刊誌報道だけで人を悪者にしている、という声は、性加害が事実であるならばという前提での批判をも押さえつけるもののようで、ずっと気持ち悪さを感じていた。そのような感覚を一応言葉にできてよかったと思う。