だんドーン:第二十七話「桜田門外の変開始」感想―タカの生い立ちを想像させられる

劇的な展開となっただんドーン第二十七話。今回も構成のち密さに驚嘆した。

淡々とした会話での斬り合い

犬丸が粛清直前に伝えた藩邸への討ち入り計画はフェイクで、実際は井伊直弼が登城する時に襲撃する計画が準備されていたため、多賀者は見当違いの警備をしていた、ということは前回までに示されていた。

だから今週は犬丸に偽の情報を伝えられたことをタカたちが知るのだろう、と予想はついていたにもかかわらず、その表現が見事で楽しめた。

例のスケベ忍者になりたい恋の珍道中を把握していなかったこと、有村次左衛門という男がいるということにタカが嫌な予感を抱いた瞬間、川路が登場するのにぞっとさせられた。犬丸の遺言の意味を語る絵面は穏やかだが、何があったのか、どんな風にタカが間違えたのかちょっとずつちょっとずつ明らかにしていくのが怖い。

そして「おまえら全員地獄に行け」である。この時の多賀者の3人の表情がとてもいい。絶望する主膳、ちょっと感情が追い付かない島田、全てを悟ったが感情を出さないタカ。

恐怖だけで人を縛ろうとしても組織は失敗するんだとグサグサ刺していく川路。でも江戸時代に生きるタカはモチベーション理論も心理的安全性も知らないもんね。上司命令に逆らったら切腹が普通の価値観の世の中に生きていたら仕方ない。現代だって風通しよく情報共有できて働く人をしっかりケアできてるって胸を張って言える組織なんてどれくらいあるだろうか。

副署長もホウレンソウって言ってるけど。

出典:【ハコヅメ】コミックス3巻 その26「新任の秘密」

積み重ねられてきた描写が結実する瞬間だが、爽快な逆転劇ではない。多賀者は主人公サイドにとっては憎い敵だが、有能でポーカーフェイスだけど直弼の掛け軸を後生大事にしているタカ、めちゃカワ家茂様のお嫁さん探しを頑張るおじさんの主膳、部下に慕われるけどストレスが体に出て嘔吐しすぎの島田、もうみんなのこと好きにさせられているんだよ…犬丸よくやったと思うと同時に苦しい気持ちにもさせられる展開だった。

島田さんは早急に精神科に相談してほしい。つらい。

出典:【ハコヅメ】コミックス7巻 その62「メンタル地獄(ヘル)ス」

川路の努力と幸運な偶然

薄氷の逆転

でも川路、「計画通り」って顔だけど、一歩間違えば襲撃大失敗の瀬戸際だった。

  • 川路の策通り、すぐに偽計画を犬丸が伝える→バレて失敗
  • 太郎くんを預けようと犬丸が考えつかなかった→最期に薩摩を勝たせる動機がなくなる
  • 太郎くんの手習いを渡さなかった→偽の計画が伝わったことを川路たちが把握できず、襲撃の失敗を恐れて中止

みたいになってたかもしれない。泰三子先生が情報戦が成功する要因となった一つ一つの出来事をしっかり積み重ねて描いているから、どれが欠けても上手くいかなかった劇的な逆転が深く印象に残る。

川路の知らないあの川の名前

川路は知る由もない犬上川のことや犬丸が多賀者たちと過ごしてきた時間。そういう情が本物でありつつ、太郎を助けるため薩摩に有利な情報を流したいという犬丸の気持ちは矛盾するものではなかったのだろう。太郎を助けるためには絆で結ばれた仲間たちが地獄に行くことになってもいい。迷いを捨ててそういう覚悟で偽の計画を語ったからこそ、タカも信じたのだと思う。

だから犬丸の遺言は「お前ら地獄に行け」というよりは、「ごめんだけど一緒に地獄に行こうね」だったのではないだろうか。

川路はしっかり報酬を支払って、働く人の家族を大事にしていたけど、それだけじゃ上手くいかなかった。川路の知りえない犬丸の原点があったから成功できた。

タカの生い立ちを妄想

人の心理に精通したタカ

部下の気持ちを理解できず、失敗してしまったタカ。一方で、人の心理に精通した人物として描かれている。「メスがからむとオスは凶暴化する」「食べ物の恨みは本能がからむから…」「死ぬまで拷問されても口を割らないような男は秘密は手元に置いておくはず」と口にしている。

この描写からは、自然に理解しているというよりは、人の行動について必死で勉強したり、経験から知識を蓄積していった結果だという印象を受けた。

感情を動かさないよう育ってきたであろうタカ

ここでタカの生い立ちを想像すると、多賀者たちの中で肉体的にも精神的にも、きっと性的にも苛烈な目に遭わされてきたのだろうと思える。そんな中生き延びてとうとう多賀者を乗っ取るためには、辛いとか嫌だとかいう感情を自分から切り離さざるをえなかったはずだ。だからたいていは何があっても平然として心が動かない。

作者が今の時点では意図的に描いていないであろう井伊直弼との出会いが大きく心が動いた出来事だったのだろうけど、その結果どんな汚れ仕事も心を殺して果たすぞというモチベーションを得てしまった。愛妾になって傍にいるのではなく、直弼に平和な世を実現してもらうことこそが彼女にとっての愛だったということが悲しい。

組織の構成員の心は得られなかった

感情は生き延びるために邪魔なもので、目的を達成するために学んで活用するもの。そうやって生きてきたタカが犬丸の心を察することができなかったのは必然なのだろう。直弼を失ったタカがどうなってしまうのか考えると気が重いが、やっぱり続きが楽しみである。

次回、桜田門外の激闘…?

ほとんど血が流れていないにもかかわらず残酷だった今回。準備体操ばっちりの三男もとうとう抜刀し、次回は血の雨なのだろうか。震えて待っている。