だんドーン:第三十話「慕い偲ぶ思い人」感想―タカの重すぎる心

ようやく桜田門外に到着した多賀者たち。井伊直弼の死に直面して激情を表すタカを見るのがもう辛い。関わった一人一人が過不足なく描写されていて、事件の衝撃が伝わってきた。

夜勤明けの警察官みたいなやり取り

「うわ!血がビュービューっすよ」「了解 お疲れっした」軽い現代調のやり取りは、国の最高権力者を殺害して全員切腹を覚悟するという異常事態にそぐわない。時代劇口調じゃなくって、日常的な雰囲気だから人物が身近に感じられて痛々しい。三男坊、ほんとお疲れ。。。

全部理解している主膳

襲撃計画を見誤ったタカを、堰を切ったように責める島田に対して、主膳はあなた一人で切腹して責任を取ってねと言われてもあっさりと受け止める。ここが全然不自然じゃない。唯一タカを女性扱いしてて、タカの苦しみも井伊直弼への思いも傍で見てきたことが描写されていて、大事なものを守るためにどんな冷酷なことでもやり切れるタカのことを完全に理解しているのだろう。
別れの抱擁シーンはあっさりと描かれているし、これまでの登場シーンも大ゴマは少なかったと思うが、主膳のタカへの思いが分かりやすく積み重ねられていて、最小の描写で最大の表現となっている。

タカの涙は一つの頂点

タカは、島田が我を忘れて責め立てるほどの冷酷さを見せておきながら、逃走中に「大事なもの全部置いてきた」と涙ながらに訴える。

ここまで感情を動かすさまをほとんど見せなかったタカの激情に苦しくなる。

だんドーンのテンポ感は実写に向かないと思っていたけど、この演技は実写で見てみたいと思った。(葵の御紋入り双頭性具とか実写化してくれる胆力のある企画だったらいいけどw)
ここでかつて18歳のタカにぶち殺された先代お頭の優しい目が描写されるなんて。このお頭、実はタカの才能を見抜き多賀者を率いていけるよう優しい気持ちで育てていた…なんてことはないだろう。虐待を受けた子どもが、それでも親を慕うという現象はよく見られること。ハコヅメの川合がいつか保護してた子どもも「ママだいすち」と言っていた。タカにとってこのお頭は、敵であり、ぶち殺すことで多賀者を掌握するための道具であり、育ての親として慕う人であったのだろう。歪んだ「家族」がタカの人間観も歪ませた。

こちらの感想でも、タカにとっては人の心は学習対象でしかなかったと書いた。

book235.hatenablog.com

だからこの極限状態で犬丸を呼ぶほど愛しているのに、犬丸側は仲間としての情はあるものの、恐怖の対象としか思っていない。正常なコミュニケーションができていないのだ。タカをさんざん責める島田との関係も同様だ。

切れ味鋭い周辺人物の描写

これだけ濃くタカ周りを描きつつ、その他の人物の描写も細かい。20ページくらいにどれだけ詰め込むんだ。

  • 裾をはだけて走り出すおじいちゃんたちの必死な様子が涙を誘う
  • 死を目前に視力が消えてきた彦根侍(手ぶらの侍2人増やしちゃった人かな?)がキョロキョロと直弼の首を探すところ
  • 慶喜が有難迷惑だと言い放った後の、万感が込められた沈黙の一コマ
  • 殺してしまいたいけど情もある島田の逡巡
  • 愛想よく三男坊の遺体を引き取りに来た川路と伊牟田の表情

川路と伊牟田の登場シーンは、この一コマだけで葛藤を押し殺して覚悟を決めて臨んでいるということがよくわかる。眉をひそめたり、ちょっと目が曇ったり、余計な描写を重ねなくても伝わる。こんな残酷な笑顔シーン見たことないわ。

出典:【だんドーン】第三十話「慕い偲ぶ思い人」

こういう細かい描写はとってつけた感もなく、深く印象に残る。キャラクターが作りこまれていて、一人一人の身上調書を取れるレベルで設定があるとお話しされるだけのことはある。

business.nikkei.com

こちらのインタビューは書籍で再構成されているのでぜひ読んでみてほしい。

もう限界のタカを優しく包むもの

文吉のふんどし

ここは笑わされた。文吉良いキャラ。枯れた魅力の及田部長を思わせる。ここで一旦タカたちは退場だろうか。ここしんどい数話だったが最高潮の盛り上がりだった。