だんドーン:第二十六話「日月よ止まれ」感想―犬丸の仕事

「ハコヅメ」の泰三子先生が同作を休止して連載を始めた、日本警察の父、薩摩出身の川路利良をモデルに描く明治維新期を舞台にした漫画「だんドーン」を愛読している。

第二十六話では同作最初の山場であろう桜田門外の変を直前に、登場人物が大切な人との別れの時を迎えている。その情感を味わいつつ、次回が待ちきれない気持ちである。井伊直弼が襲撃され首を落とされてしまう、という結果は誰もが知っているのに面白い。歴史を題材にしたドラマの醍醐味を大いに楽しんでいる。

なぜタカは犬丸の言葉を信じたのか

前回、とうとう二重密偵であることが露見し、斬首されてしまった犬丸。死を前にして、多賀者の原点を思い出しながら大老襲撃計画のことを話しはじめる。

出典:泰三子【だんドーン】第二十五話「川を下って見えた景色」

このシーン、私は「犬丸は全部話しちゃった」と思った。しかしながら、犬丸の首を検視した川路は、犬丸が咥えていた手紙から、犬丸は最期に薩摩のために仕事をしてくれたと今回語っている。

確かに、よく考えると、どれほど犬丸が古参の仲間たちに情があったとしても、太郎は薩摩藩に匿われているんだし、犬丸は薩摩が有利になるよう立ち回って太郎を助けることを選ぶはずだ。その結果、タカは「討ち入り」をさせないと宣戦布告しており、登城中の襲撃ではなく、屋敷に討ち入ってくるという偽の情報を前提に警備を固めている。

すごいな、と思ったのはタカが犬丸の言葉を信じた点である。犬丸は決して有能な忍びとして描かれておらず、仮に多賀者をかく乱させて薩摩に報酬をもらおうという意図で偽の情報を流したとしても、タカにあっさり看破されてしまうだろう。太郎を助けるため偽の情報を伝えようという「実益」のために行動しつつも、犬上川にいたころの思いや仲間たちへの「情」が本物であったからこそ、タカも信じたのではないだろうか。

頭脳明晰でとっさの判断力に優れ、組織を統率しつつ、直弼に仕えて戦のない徳川の世を守りたいというピュアな思いに支えられているタカは、それはもうカリスマ的な敵役である。そのタカが足元を掬われたのが、家族を守りたいというこれ以上ない犬丸の実益という構図が面白い。

出典:泰三子【だんドーン】第十七話「人を繫ぎ止める本質」

そういえば安定収入と家族の平穏は絆に勝つって犬丸言ってたわ。

勝敗を分けたのが個人の才覚ではなく、福利厚生の整った組織かどうかという所にうならされた。

そして現代、川路の作り上げた組織の一員である藤も、何かあっても遺族は大切にしてもらえるって言ってるし。(実際の所、命を削って働いて精神疾患発症したり過労死したりする警察官の方も珍しくないであろうことは笑えない現実であるけれど…)

出典:泰三子【ハコヅメ】コミックス第1巻 その2「サンドバック」 

さて次回以降、直弼が襲撃され、偽の情報であったことを知ったタカがどう反応するのか、犬丸のことをどう解釈するのかとても楽しみである。