だんドーン:第二十八話「桜色の雪」感想―みんな天の下

井伊直弼への襲撃がとうとう始まった。

双方初めての真剣での殺し合いに予想外の出来事が次々と生じ、笑えるシーンも盛りだくさん。それなのに凄惨。

表紙は三男坊を見つめるマツ、三男坊の視線は左の直弼へと流れて、直弼が見つめるタカは虚ろで子どものような表情にも見える。タカにとっての人生最大となる喪失が示唆されていて辛い。

混乱する現場と笑えてしまう反応

「駕籠駕籠駕籠!」みたいな助詞も動詞もなく名詞を連呼してしまうところはとてもリアルだった。元警察官の泰三子先生、大規模テロに対応したことがあるわけではないのだろうが、不測の事態を想定して訓練したり、暴れる人を制圧したりする中での混乱状況を良く理解されているのだろう。

手ぶらの侍が増えちゃったり、見届け役が突っ走っちゃったり、河西が猪木になっちゃったり笑えるシーンが続出である。

戯画的表現から伝わる人間観

しかし、その笑いは爽快に楽しく笑える種類のものではない。

笑いどころが連発するが、大老の行列を突然刃物を持った男たちが集団で襲い掛かってくるという緊急事態に、襲撃する側も含めて人間の反応がちょっとバグるのはごく自然なこと。

笑えるのだけれど、極限状態の緊迫感が伝わる描写に驚かされた。

予測のつかない時代の個人たち

最近のストーリーを思い返すと、あれよあれよという間に大老襲撃計画が進行し、情勢が一気に不穏となる。自分がこの時代に生きていたら情勢を読み誤って速攻で切腹させられそうである。激動の情勢の中、俯瞰して的確に立ち回ることなんてできるわけがない。

日本よりずっと強い列強各国が押し寄せた非常事態下

どんな行動が正解かなんて誰にもわからなかった

出典:泰三子「だんドーン」(2)第十四話「勅を追え!with恋の探訪記」より

このシーンすごい好きで、個人の力ではコントロールできない激流の中、懸命に自分の役割を果たそうとする一人一人に対する何とも温かい視線が感じられる。

人は天を左右できないけれど

だんドーンのサブタイトルや重要なシーンを思い返すと、「照国」「雲なき明日」「黄昏」といったフレーズや「天を思う」「お日様のような斉彬様」といった、天を思わせる用語が印象的だ。私は、この作品の「天」を人智を超えた節理や時代の流れだと解釈している。天の流れにあらがうには人間の力は小さいけれど、その中で必死に仕事をする人間の姿は尊いものだと感じさせられる。

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ここで、泰先生と小学生のお子さんを残し、若くしてパートナーが急逝されたことを思い出す。ハコヅメ第一部の最終巻の表紙は空にいる夫さんに見えるようにと俯瞰の構図で描かれたそうだ。

世の中にはどうにもならないことがあるものだと感じる。

現代社会でも新型コロナウイルスの流行や安倍元首相の銃撃事件、ロシアのウクライナ侵攻のように不確実性は私たちを取り囲んでいる。本作は娯楽作品であると同時に、そんな不安を抱える人を励ます作風だと感じている。