だんドーン:第二十九話「桜田門外の悲劇」感想―直ちんのメタ台詞

緊迫した展開が続くここ数話、とうとう井伊直弼が命を落とした。今回のサブタイトルは「桜田門外の変」ではなくて「桜田門外の悲劇」。国を守ろうとした純粋な人間同士の凄惨な結末だった。

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「護られなかった者たちへ」ネタバレ感想(小説版)

映画化もされた社会派ミステリーの本作では、生活保護制度を題材に、大きな喪失を味わった者の苦しみや、貧困を抱えた人間の尊厳が描かれている。やや入り込めない部分はあったものの、フィクション小説という形態だからこそ生活保護や貧困の痛みが心に残った。

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だんドーン:第二十八話「桜色の雪」感想―みんな天の下

井伊直弼への襲撃がとうとう始まった。

双方初めての真剣での殺し合いに予想外の出来事が次々と生じ、笑えるシーンも盛りだくさん。それなのに凄惨。

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「ここで働く理由がない」ワンオペ時短ワーママの退職理由

10年以上勤務した職場を退職しました。夫は転勤族で単身赴任しているので、平日ワンオペ、小1と2歳の子どもたちの育児に追われる日々でしたが、続ける意義を見出せなくなってしまい、とうとうエネルギーが枯渇してしまいました。

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松本人志氏の性加害疑惑は決めつけであるという声は本当に正論なのか

ダウンタウン松本人志氏が性加害をしたという疑惑が週刊誌で報じられており、大きな話題となっている。事実だとすれば社会的に許容できるものではない。他方で、報道当初から、「被害者と称する人の一方的な証言で悪いことをしたと決めつけるなんて良くない」「週刊誌で報じられただけで真実であるかのように批判される」という声も、特にネット上で多いと感じられる。

このことに何だか違和感があり、すっきりしない気持ちがあるので、思う所を述べたい。

性加害があったという証言の信頼性

強要に近い状況だったと思わざるを得ない

報道に対し、松本氏は名誉棄損であるとして週刊文春側を提訴している。報道では、不同意性交あるいはわいせつ罪が成立するほどの脅迫であったり、不同意だと言いだせないほどの恐怖を与えたわけではなさそうだが、通常の飲み会であると誤信させ、断れない雰囲気を作り出したということのようだ。強要があったかどうかについては、録画や録音があるわけではなく、被害を受けたという証言の信頼性や前後の通信などから検討するしかない。

すると、本来は同意していたのに、時間が経ってから虚偽の証言で松本氏を陥れようとしている疑いもあるのだから信頼するわけにはいけないという言説も一見成り立つような気がする。

しかし、証言する女性の側から見ると、虚偽で性加害を公表することは、名誉棄損であるとして民事上の損害賠償を請求される恐れがあるし、刑法上の名誉棄損罪にあたるとして刑罰の対象となるリスクを負う。報道する週刊誌も、名誉棄損による損害賠償を請求されたり、まったくの嘘ばかりであれば読者からそっぽを向かれ信頼されなくなる可能性があるのだから、そんなに簡単にデタラメの恐れがある証言を採用しないだろう。

また、匿名であるとはいえ、長年人気コメディアンとして活躍しており、社会的地位の高い松本氏について性的な面を証言することで、本人の人格に対する攻撃や、性的プライバシーについてあれこれと憶測される危険がある。それなのにあえて虚偽の証言をする動機があるだろうか。

加えて、複数の女性が別々の機会に性加害があったと証言している。この人達が結託して、実際には存在しなかった性加害を証言しようと、週刊誌側から疑義を持たれないよう入念に口裏を合わせて、もし損害賠償を請求されたり刑事罰を受けるようなことがあっても覚悟しようと決意して週刊誌に証言することがあるだろうか。そのようなことは中々考えにくい、というのが一般的な受け止め方ではないだろうか。

時間がたってから、しかもなぜ週刊誌なのか

また、ずっと前のことをいまさら蒸し返すのはおかしいという声もある。しかし、性加害が重大な問題と認知されるようになったことや、ジャニーズ事務所での性加害が厳しく批判されている現状に、今なら告発できると考えるのもおかしなことではない。

また、裁判に訴えるのではなくて週刊誌に伝えるというのはおかしいのではないか、加害があったのなら正々堂々と司法の場で決着をつければよい、という人もいる。この点についても、社会的影響力のある人物に関し問題提起し、世間一般に広く知らしめたいと考えるのも自然なことである。

もちろん、週刊誌報道の論調はすべて公益目的とはいえず、ゴシップ的な興味を駆り立てて売上を上げようとしている、という面も否めない。だからといって信頼のおけない事実をホイホイ書き立てるとも思えないのである。

性加害はあったという見方が自然なのではないか

そのようなことから、細かい事実の誤りはあったとしても、大筋では正しい証言なのだろうと見ている。

週刊誌報道で決めつけるなという人が本当に言いたいこと

この事件だけで特に多くないだろうか

不祥事を起こした人に対して、週刊誌の報道をうのみにしているという批判は、まあありうるものだろう。しかし本件ではその声が特に多い。女性が加害者である報道では、あまりこのような声を聞いたことがない気がする。比較できるような良い例はあまり思い出せなかったのだが、例えば、自見英子万博担当大臣のパワハラ疑惑を報じる記事では、証拠もないのに犯人扱い、という声はほとんど聞かれないように思える。こちらも、私が知る限りでは被害者とされる元内閣府職員の男性の証言によるもので、大臣側は否定しており、録音などの物的証拠はないはずだ。

ミソジニー(女性蔑視)が呼び起こされている?

事実に反する中傷で人の名誉が傷つけられてはならないし、報道がこれに加担してはならない、というのは当然のことだ。だが、この事件についてこれだけ多くの「虚偽かもしれない」という声があるのは、本当に公正な報道を求めてのことだろうか。権力者と性的関係を結んで芸能界で売れようとした女性が、それが上手くいかずでっちあげで権力者を批判する、そういうイメージを作り出して「ほらみろやっぱり女は愚かだ」ということを言外に表現するため、報道の正しさを憂えるフリをしているだけではないかと思えてならない。

女性をもの扱いするような風潮は残念ながら芸能界ではよくあることだったのだろう。そうやって蔑視される性がいることで、関係のない男性も「自分は支配者側だ」と安心できる。今回、性加害が報道されたことで、そのような支配者としての地位が脅かされるように感じ、だけど、女性が反逆するなんて許せない、とは表だっていえないから、「証拠がない、週刊誌報道だけで勝手に悪者扱い」という理屈にすがっているのではなかろうか。

これが松本氏を信じている、どうか嘘であってほしい、という声ならまだ納得がいくのだが…

私が感じた気持ち悪さ

以上のように、ある程度性加害が真実らしく思われる、という状況があるのに、週刊誌報道はうのみにできない、という指摘が多く見られるのは、報道の公正さを守るためではなく、性加害報道によって脅かされる男性の地位を守るため、ミソジニーとして行われているのではないか、と考えている。

正直なところ十分論理的に説明できてはいないとは思うのだが、週刊誌報道だけで人を悪者にしている、という声は、性加害が事実であるならばという前提での批判をも押さえつけるもののようで、ずっと気持ち悪さを感じていた。そのような感覚を一応言葉にできてよかったと思う。

 

だんドーン:第二十七話「桜田門外の変開始」感想―タカの生い立ちを想像させられる

劇的な展開となっただんドーン第二十七話。今回も構成のち密さに驚嘆した。

淡々とした会話での斬り合い

犬丸が粛清直前に伝えた藩邸への討ち入り計画はフェイクで、実際は井伊直弼が登城する時に襲撃する計画が準備されていたため、多賀者は見当違いの警備をしていた、ということは前回までに示されていた。

だから今週は犬丸に偽の情報を伝えられたことをタカたちが知るのだろう、と予想はついていたにもかかわらず、その表現が見事で楽しめた。

例のスケベ忍者になりたい恋の珍道中を把握していなかったこと、有村次左衛門という男がいるということにタカが嫌な予感を抱いた瞬間、川路が登場するのにぞっとさせられた。犬丸の遺言の意味を語る絵面は穏やかだが、何があったのか、どんな風にタカが間違えたのかちょっとずつちょっとずつ明らかにしていくのが怖い。

そして「おまえら全員地獄に行け」である。この時の多賀者の3人の表情がとてもいい。絶望する主膳、ちょっと感情が追い付かない島田、全てを悟ったが感情を出さないタカ。

恐怖だけで人を縛ろうとしても組織は失敗するんだとグサグサ刺していく川路。でも江戸時代に生きるタカはモチベーション理論も心理的安全性も知らないもんね。上司命令に逆らったら切腹が普通の価値観の世の中に生きていたら仕方ない。現代だって風通しよく情報共有できて働く人をしっかりケアできてるって胸を張って言える組織なんてどれくらいあるだろうか。

副署長もホウレンソウって言ってるけど。

出典:【ハコヅメ】コミックス3巻 その26「新任の秘密」

積み重ねられてきた描写が結実する瞬間だが、爽快な逆転劇ではない。多賀者は主人公サイドにとっては憎い敵だが、有能でポーカーフェイスだけど直弼の掛け軸を後生大事にしているタカ、めちゃカワ家茂様のお嫁さん探しを頑張るおじさんの主膳、部下に慕われるけどストレスが体に出て嘔吐しすぎの島田、もうみんなのこと好きにさせられているんだよ…犬丸よくやったと思うと同時に苦しい気持ちにもさせられる展開だった。

島田さんは早急に精神科に相談してほしい。つらい。

出典:【ハコヅメ】コミックス7巻 その62「メンタル地獄(ヘル)ス」

川路の努力と幸運な偶然

薄氷の逆転

でも川路、「計画通り」って顔だけど、一歩間違えば襲撃大失敗の瀬戸際だった。

  • 川路の策通り、すぐに偽計画を犬丸が伝える→バレて失敗
  • 太郎くんを預けようと犬丸が考えつかなかった→最期に薩摩を勝たせる動機がなくなる
  • 太郎くんの手習いを渡さなかった→偽の計画が伝わったことを川路たちが把握できず、襲撃の失敗を恐れて中止

みたいになってたかもしれない。泰三子先生が情報戦が成功する要因となった一つ一つの出来事をしっかり積み重ねて描いているから、どれが欠けても上手くいかなかった劇的な逆転が深く印象に残る。

川路の知らないあの川の名前

川路は知る由もない犬上川のことや犬丸が多賀者たちと過ごしてきた時間。そういう情が本物でありつつ、太郎を助けるため薩摩に有利な情報を流したいという犬丸の気持ちは矛盾するものではなかったのだろう。太郎を助けるためには絆で結ばれた仲間たちが地獄に行くことになってもいい。迷いを捨ててそういう覚悟で偽の計画を語ったからこそ、タカも信じたのだと思う。

だから犬丸の遺言は「お前ら地獄に行け」というよりは、「ごめんだけど一緒に地獄に行こうね」だったのではないだろうか。

川路はしっかり報酬を支払って、働く人の家族を大事にしていたけど、それだけじゃ上手くいかなかった。川路の知りえない犬丸の原点があったから成功できた。

タカの生い立ちを妄想

人の心理に精通したタカ

部下の気持ちを理解できず、失敗してしまったタカ。一方で、人の心理に精通した人物として描かれている。「メスがからむとオスは凶暴化する」「食べ物の恨みは本能がからむから…」「死ぬまで拷問されても口を割らないような男は秘密は手元に置いておくはず」と口にしている。

この描写からは、自然に理解しているというよりは、人の行動について必死で勉強したり、経験から知識を蓄積していった結果だという印象を受けた。

感情を動かさないよう育ってきたであろうタカ

ここでタカの生い立ちを想像すると、多賀者たちの中で肉体的にも精神的にも、きっと性的にも苛烈な目に遭わされてきたのだろうと思える。そんな中生き延びてとうとう多賀者を乗っ取るためには、辛いとか嫌だとかいう感情を自分から切り離さざるをえなかったはずだ。だからたいていは何があっても平然として心が動かない。

作者が今の時点では意図的に描いていないであろう井伊直弼との出会いが大きく心が動いた出来事だったのだろうけど、その結果どんな汚れ仕事も心を殺して果たすぞというモチベーションを得てしまった。愛妾になって傍にいるのではなく、直弼に平和な世を実現してもらうことこそが彼女にとっての愛だったということが悲しい。

組織の構成員の心は得られなかった

感情は生き延びるために邪魔なもので、目的を達成するために学んで活用するもの。そうやって生きてきたタカが犬丸の心を察することができなかったのは必然なのだろう。直弼を失ったタカがどうなってしまうのか考えると気が重いが、やっぱり続きが楽しみである。

次回、桜田門外の激闘…?

ほとんど血が流れていないにもかかわらず残酷だった今回。準備体操ばっちりの三男もとうとう抜刀し、次回は血の雨なのだろうか。震えて待っている。

だんドーン:第二十六話「日月よ止まれ」感想―犬丸の仕事

「ハコヅメ」の泰三子先生が同作を休止して連載を始めた、日本警察の父、薩摩出身の川路利良をモデルに描く明治維新期を舞台にした漫画「だんドーン」を愛読している。

第二十六話では同作最初の山場であろう桜田門外の変を直前に、登場人物が大切な人との別れの時を迎えている。その情感を味わいつつ、次回が待ちきれない気持ちである。井伊直弼が襲撃され首を落とされてしまう、という結果は誰もが知っているのに面白い。歴史を題材にしたドラマの醍醐味を大いに楽しんでいる。

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